loader image

勉強する意味を真剣に答えるとしたら、それは「巨人の肩に乗れる」ことだと僕は思う

勉強する意味を真剣に答えるとしたら、それは「巨人の肩に乗れる」ことだと僕は思う

数学なんか何に使うんだよ!

 

 

に代表される、勉強する意味がワカラン系の言葉に対して真剣に答えるとしたら、

それは「巨人の肩に乗れる」ことだと思います。

 

 

 

かのアイザック・ニュートンが言ったとされる↓の言葉

私がかなたを見渡せたのだとしたら、それはひとえに巨人の肩の上に乗っていたからです。(If I have seen further it is by standing on the shoulders of Giants.)

つまり、私が新たな発見ができたのは、過去の偉人たちが積み上げた数多の知識があったからこそだ、という感じの意味で捉えるとよいでしょう。

 

 

さて、僕はこれを、何も「新しい発見」に限定することはないと思っています。

勉強して今まで人類が得た知識をモノにすることは、自分の視点を高くすることと同じです。

勉強してないバニラな人間の視座なんかアリんこレベルにちっぽけで、そのうえ単眼的で自己中です。

それを、勉強して自分の足元の巨人を育ててあげることで、より高く、より遠く、より多面的でより他人目線でものごとを見ることが出来ます。

 

何に使うか、とか、

役に立つのか、とか、

受験で使う使わない、とか、

そんなクダらないことではなく、

 

自分の視座と視野を伸ばし、長い人生を生き抜くための素養を身につけること。

 

これが勉強する意味だと僕は思います。