
「僕はなぜ塾をやってるんだ?」問い直す6年目の答え 前回はコチラ⇩
三方良しならぬ四方良し。
すなわち、自分・塾生・保護者・社会のみんなが幸せに、よりよくなる。
自分
仕事の対価としてお金を頂く。これほど幸せなことはないかも知れない。
つまり、自分の活動に他の誰かが大切な何かを差し出す、ということ。
その多寡に関わらず、他の誰かの評価を得ているというだけで幸せだと思う。
それが自分の信じた道であればなおさら。
塾生
成績や志望校合格はもちろん、自身の可能性が大きく拓けること、その過程を通して「俺って案外デキる奴!?」という感覚を得ること。
そのために、手柄を横取りするような塾であってはならない。
成績アップも志望校合格も、全部自分のもの。
わたしの、わたしによる、わたしのための果実
#fruition of me, by me, for me
#案外、語呂が悪くて困惑中
「ほらね、俺の言う通りにやったからできたっしょ?」
こんなことを平気で言う塾はゴマンとあるし、風味を漂わす塾まで含めると9割にのぼる(うめざわ調べ)。
うめざわ塾は、塾生に口をすっぱくして言ってる通り
上がったも下がったも、受かったも落ちたも、ぜーんぶ君だけのもの
他の誰が奪うことも、代わってやることもできない
というスタンスである。
自分で勝ち取ってこその果実。
うめざわ塾は塾生の中にある、もしくは眠っている力/可能性を拓くお手伝いをしているだけ。
それがどんなものなのか、いつ見えるのか、それは僕にも分からない。
だけど、まだまだ幼い頃から預かった塾生たちがいつの間にか想像だにしなかった成長を見せてくれているのは確かだし、だからきっとこれからも、もっと立派になっていくんだろう。
僕は塾生の全員がうめざわなんかよりも立派で優秀な大人になればいいと思ってる。
「あぁ、そういえばそんなハゲもおったなw」くらいでいい。#髪がめっちゃ短いだけ
僕がギャーギャー偉そうな口を叩くのも、それは僕自身を越えてほしい、というかこんなちっぽけな個人塾のハゲくらい越えろ!というエールである。
まだうめざわ塾の0期生でさえ社会には出ていないが、きっと卒業生たちはそうなってくれると信じているし、そうでなきゃうめざわ塾を選んでしまったことは失敗である。
ひと思いに綴ったら長くなってしまいました。
明日も早いのでこの辺で寝ます(注:01:30なう)。
次は保護者&社会編です。
春休み中にアップします。