彼はいつも、ステーキを振る舞ってくれる。スーパーの、少し高いお肉を、ほどよい火加減で焼き上げてくれる。だから僕はいつもビールを買っていく。それはこの日も変わらなかった。ふたりでステーキをつつきながら、互いの近況報告が始まった。
「勉強はね、自分が幸せになるためにするんだよ」
いつの間にか、教育哲学に話題が移っていた。だけどさして戸惑わなかった。指導のこと、塾のことを話し出したら、もっと根っこにある信念が顔を出す。現場に立つ中で、ずっと「勉強とは」「教育とは」「子どもたちのために」ということを考えてきたからだろう。相変わらずな彼を見て、少し安心した僕がいた。しかし、あの頃と変わったところもあった。僕が独立して経営者となったことで、勤め人の彼に、もっと自由に子どもたちを導いてほしいという気持ちが湧いたんだ。
「自分のすべきことをして、自分で学んでいくと、自分の望む社会が近づいてくるんだよ」
知識を蓄え、視座が高くなると、社会の見え方が変わる。見え方が変わると振る舞いが変わり、我が身に起こることも変わっていく。人は変えられなくても、自分は変えられる。他人や社会という、コントロールしようのないものに心を浪費するのではなく、「自分」という、自分が唯一変えられる存在に集中する。
そんな話だ。僕も全く同じことを考えていた。いや、僕もきっと、彼の影響を大きく受けているんだろう。とにかく、うめざわ塾と向いている方角は同じ。
―――他でもない自分の幸せのために勉強する
これを早いうちに実体験を伴って知ることが、どれだけ子どもたちに恩恵を与えるだろうか。
「一緒に、塾を作りませんか?」
「あなたはもっと自由になって、その信念を追い続けるべきですよ」
酔った勢いではある。だけど、本気でそう思った。彼の目が、一層輝きだした。
「ぜひ、やりたい。いや、やらせてほしい」
うめざわ塾が、大きく動き出した。けれど、この時の僕たちは、想像もしていなかった。理想の教室を作ることが、こんなにも難しいなんて。
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