「スゴく分かりやすい!センセーすごい!」
なんて言われるたびにエヘヘ( ̄▽ ̄)となっているうめざわです。
(まぁそれでご飯食べてるんでっ!)
指導は
どれだけ学習者の目線に自分を合わせられるか
にある。
例えば
「ちゃんと覚えなさい!」
そう言ったあと、子どもの手は止まってない?
すでに九九を覚えてる人が、これから九九を覚えようとする人に向かって
「頑張って覚えたらええねん」
という指導をしたとするね。
この時、学習者には
「そうか!とにかく覚えりゃええのんか!」
「・・・でも、頑張って覚えるって、どうやるの?」
というカンチガイとギモンを生まれてしまうんだ。
九九を暗記するのは計算を速くするためで、
初めて触れるかけ算を「たし算の省略形」ではなく「単に覚えるもの」と誤解してしまうと、後が怖い。
文章題がめっぽう弱くなる。
小学校のカラーテストは何とかなっても、
少し複雑にされると身動きが取れなくなる。
対文章題✕ は、意外とこういうところから生まれてるんだ。
そして「覚える」というのは何を・どんな状態を指していて、
どんな風にすれば「覚えた」という状態になれるのかがゴソっと抜けちゃってる。
このギモンに答えないと、これも後々やっかいな問題にぶつかるの。
詰まったり間違えたり答えを見ながらでもいいから完走すればいいのか
スラスラ暗唱する状態を目指すのか
この認識を揃えないと「覚えなさい」を期待通りに「覚える」ようにはならないし、
ただ見てるだけでいいのか
何度も口に出し、目をつむって言って、間違えたら見て覚えて、また目をつむって言って、を繰り返すのか
「覚えるって、こういう行動だ」というのを身体で覚えていると、
(自分史上最大に)膨大な暗記を求められたときも、乗り越え方が見えるから気力が湧きやすいんだ。
具体的な「覚える」という行動を知らない・身に付いていない場合、
たいていは「覚えない」という選択をするのね。
(だってワカンナイもん、と)
自分がとっくの昔に習得してしまっていて、難なく運用できているコトほど、指導が雑になりやすいんだ。
何を・なんのために・なぜ・どんな風に 学ぶのか
ここの整理がつかないまま指導に当たると悲劇を呼ぶよ。
とっくに知っていることを、まだ知らない人に教えるには、
自分も「まだ知らない人」の目線を持っておくことが大事。
自分にとっての当たり前は、相手にとっての当たり前じゃない、という前提に立つとも言えるね。
相手がたとえ、我が子であっても。
そんな前提に立って
そんな目線でもって指導することをずっと意識してるから
「スゴく分かりやすい!」って言われるとめちゃくちゃ嬉しいんだ♪
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